飯田は単独で雑誌のインタビューの仕事だった。
場所は都内の出版社の応接間。
インタビューを終えたら、このあとマネージャーが
ここまで車で迎えに来る事になっていた。
予定より早くインタビューが終わったので、
ムリを言ってしばらくここで待たせてもらうことにした。

部屋にはテレビがあったので、音を小さくしてつけていた。
お昼過ぎの時間はワイドショー番組が多い。
訳のわからないコメンテーターの言いたい放題のコメントに
嫌気がさひ、カバンから携帯を取り出す。
仕事中は電源を切っていたので、電源を入れる。

そういえば、辻はアレックスと休日を楽しんでるのかな?
ヒマだからメールでも、しよっかなぁ。

その時、飯田の耳に辻の名前が聞こえた。
それはテレビからの音声。

お。辻の事なんか言ってる。これをネタにして送るか。
最近、本当に、ののたんがんばってるもんね。
そっとテレビのボリュームを上げる。

「繰り返しお伝えします。
─今日昼過ぎ東京都・・・」

は?なにこれ?


「─銀行で銀行強盗未遂がありました。
 犯人は隣の駐車場でとりおさえられました。
 その際、愛犬の散歩中のモーニング娘。の辻希美さんが
人質に捕られましたが 辻さんの愛犬が辻さんを救出。
 そして犯人はその場で緊急逮捕されました。
 辻さんに怪我はありませんでした。」

飯田は深く息を吐き出した。
よかった無事でアレックスやるじゃん。

「─しかし、辻さんの愛犬は犯人を取り押さえる際
  犯人の凶器の包丁で刺され残念なことに亡くなりました。」

はぁ?
亡くなりました?
え?
まじ?
ウソでしょ
「─辻さんの愛犬は元々警察犬として活躍していたのですが
  飼い主さんを事故で亡くし、その後辻さんが飼われていた
  そうですが─」

アナウンサーの無機質で冷静な声が余計に飯田は慌てさせる。
震える手で携帯で辻に電話する。


何度コールしても出ない。
あきらめてマネージャーに電話する。
震えが止まらない。
3度目のコールで出た。

「ちょっとどういうことなの?ねぇ。」
『えっと辻のことですか?今こっちもわかんないんですよ
 事務所に電話しても話中で、電話が殺到しているみたいで
 全然連絡つかないんです。
 あと少しでそちらにつくので待っててください』

「あ。うん。えっと。わかった」
携帯を切ると、立ちくらみのような眩暈を感じてソファーに
崩れ落ちるように座った。

「辻・・・」
ポツリと口から出てくる。
大丈夫?カオリ心配だよ。
今じゃ一番の親友だもんね。アレックスは。
なんて声を掛ければいいの?
泣きじゃくってるのなら抱きしめてあげればいい。
しかし、もし黙って沈んでいて何も話してくれなかったら・・・
それ以前に辻が会ってくれるかどうかわからない。

不安は募る一方・・・完全に泥沼状態だった。


携帯に手を握り締めた時に、中澤の顔が浮かんだ。
前回辻とアレックスが警察に一時預けられた時も
中澤が辻に話をして辻を立ち直らせた。

そう思うと同時に電話をしていた。
早く出て!カオリにはどうすればいいのかわからないよ。
『もしもし〜』不機嫌そうな中澤の声。

「裕ちゃん。あのね。」

『なんやねん。今新幹線で寝とるとこやねん。また後にしてや〜』

「ちょっと、ちょっと、大変なの!辻の、辻の」

『はあっ?辻がどないしたねん?ちょっと落ち着きぃ』

「辻のアレックスいるでしょ?死んじゃったの!!」

『あぁ?何言ってんねん。ちと解りやすく言ってぇな。』

「あ、えっと、今日ねカオリもよくわかんないんだけどテレビで
 銀行強盗があって辻が人質に捕られてアレックスが助けたの。
でもアレックスが犯人に殺されちゃったの・・・」

『え?マジ!で。辻は?』
「ダメ、まだ連絡つかない。テレビでは怪我とかはない。って言ってたけど
裕ちゃんどうしよ。辻、落ち込んでるよね。あの子・・・あぁ」


『カオリ!落ち着け!お前今日これからまだ仕事あんのか?』
「もう今日はない」気がつけば涙がたくさん零れていた・・・
『だったら、探せ。とにかくいそうな場所すべて探せ。
 それと連絡つくメンバーでオフの奴にも探させぇ』
「うん。うん。・・・ねぇ辻、大丈夫かな。まさか後追い自殺なんてしないよね。」
『アホ!そんな心配すんな。大丈夫、あの子は大丈夫や。あんがいしっかりしとる。
いらん事考えんな!お前リーダーやろ!!
あほ・・・でかい声出したからみんなに見られてもうたやないかぁ。
とにかく東京着いたらまた電話するわ。ほな、しっかりしや!』

「あ。ちょ・・・」

無常にも電話が切られた。
と、同時に着信を知らせる携帯。
『もしもし今、下に居ますんで降りてきてくれます?
 駐車場に入れると時間掛かりそうなので。』

「あ。マネージャー?OK。それじゃ今から行きますので
 待っててください。」

電話を切ると出版社の人間に挨拶をして階段を駆け下りた。
ビルから出るとマネージャーが車の窓から顔を出して待っている。
降りてこようとするマネージャーを手で降りなくていい、と合図して
飯田はドアを開けて車に走り込んできた。

「辻はどうなの?」
「おつかれさまです。え〜、辻本人の居場所はまだわかりません。
 なにしろ本人が携帯出ないみたいで。
 とにかく手当たりしだい行くしかないですよね。」
マネージャーは乱暴にハンドルを切ると強めにアクセルを踏んだ。

「それじゃ、まず辻のマンションに行ってみよ。」
「はい。わかりました。あと現場の銀行もわかってますので
 もし辻がいなかったらそっちにも行ってみましょう。」

「そうね。じゃ私はメンバーに電話するけど今日今の時間空いてるのダレ?」

「え〜っと、プッチは今日一日テレビで。5期メンは雑誌の取材です。
 あと、安倍と後藤はロケです。それ以外はたしかオフだと思います。」

「わかった。ってことは、たんぽぽ組みだけか。
 まず石川に電話するわ。」


1コールが鳴り終わる前に石川は電話に出た。
『はい、もしもし。飯田さん?どうなってるの?』
「知ってるの?」
『ののの事ですよね?。今加護ちゃんから電話あった。
テレビで出てたって。』
「そうなのよ。カオリも取材先でたまたまテレビ見ててさ。
 それで、加護はどうした?」
『今タクシーで、のののマンションに向かってます。
私も今日休みだから行こうと思って。』

「今、カオリもマネージャーの車で辻のマンション向かってるから
 何か、わかり次第電話する。」

『飯田さん・・・のの大丈夫だよね? 変な事考えてないよね。』
「ばか!大丈夫!あの子はしっかりしてるから。それじゃ。
 あ。矢口には言った?」
『ハイ。さっき電話しました。マンションに向かってるみたいです。
 飯田さん電話しても、ずっと話中だったから。
 プッチのメンバーには電話してないけど・・・』
「うん。いい。仕事中だから。それじゃ、またあとでね。」


電話を切ると辻の行きそうな場所を探した。
とは言っても全然思い当たる場所が浮かんでこなかった・・・
それならばと、もう辻が無事な事を祈るだけしかない。
強く目を閉じ祈った・・・

加護はイライラしていた。
タクシーの中では、女の人の演歌がラジオから流れている。
ゆっくりとした演歌のリズムが余計に苛立ちを増幅させているようだった。
昼間なのに道路が混んでいる。
一刻も早く行きたいのに。
携帯で何度も辻に電話した。
何度掛けても何回もコールしても出ない。

飯田や中澤に電話しても話中だった。

寂しがり屋の辻を今一人っきりにするのは危険だ。
以前、辻とアレックスの凄く強い絆を知っている。
加護にはその絆が壊れた時の辻を想像すると、
決して口にはしてはいけない事態しか浮かばなかった。
自分が辻に会って力になるかどうかは解らない。
ただ絶対一人で居させるより良い。
それに、加護自身じっとしていられなかった。
「おっちゃん。車降りるわ。」
運転手はハザードを点けると左側に車を無理やりつけた。
「おつりは、ええよ」
お金を渡すと勢いよく走り出した。
「・・・待ってろや、のの急ぐから」


岡部は訓練を終えて事務所のような場所に帰ってきた。
深野が電話をしている。
電話をしながら何か眼で訴えてくる。
何かあったのだろうか?

深野が静かに電話を切ると沈んだ顔してつぶやいた。
「アレックスが殉職した。」
「は?どうしたんですか?」
「今、この前の交番の巡査から電話があってな。
 そこの近くの銀行で強盗未遂があってな、たまたまアレックスの
散歩をしていた、あのおじょうちゃんが人質に捕られてな。」

「え?人質?」
「あぁ。それで、アレックスが救出したんだけど、その際
 胸部を凶器で刺されてな・・・」
「あの、アレックスが・・・信じられない。」
「ふぅ〜。オレも信じられん。犯人を殺しちまったって事なら
 想像つくのだが、刃物でやられるなんて・・・」


飯田は車から飛び降りるとマンションの入り口を勢いよく抜けて
階段を一段とばしで駆け上っていく。
辻の部屋のインターホンを一つ息を大きく吸ってからそっと押した。
ドアの外からでも、室内に音が鳴っているのがわかる。
心の中で3つ数えてからもう一度押してみた。
いない。
念のためドアノブを回してみたけどカギが掛かっていた。

階段から靴音が聞こえる。
早いリズムと荒い息遣いがフロアに響いている。
そこから現れたのは汗まみれの加護だった。
「飯田さん!」

「居ない。どこにいったんだろう・・・」
落胆した飯田の顔を見た加護は、黙って肩で息をしていた。
飯田は加護に寄り添い肩を抱いて階段を一緒に下りていった。

「飯田さん。のの・・・どこにおるんやろ?」
「加護どっか心当たりない?」
「ん〜。アレックスとの散歩コースか・・・
 それか、公園ぐらいかな。・・・行ってみよ。」


二人は、マネージャーの車に乗り込むと近所の公園を目指した。
公園に着く頃、マネージャーが急にブレーキを踏んだ。
「あ。辻、警察にいるんじゃないですか?」
飯田と加護は目をあわす。
あまりに慌てていて冷静な判断が出来ていなかった、
二人はギャーギャー言いながら警察に向かうように叫んでいた。

ギャーギャー騒がれる事になれているマネージャーは近所の交番に
立ち寄って、事の経緯と辻のいる警察の場所を尋ねて再び車を走らせた。

飯田と加護はその間に、石川と矢口に電話をして警察で待ち合わせする事にした。

警察に着くと石川と矢口がちょうど逆方向からタクシーでやってきてたみたいで
車から降りるところだった。
加護は車から降りて二人を呼び寄せた。
矢口と石川が車に乗り込むとマネージャーが警察署の中に入っていった。
しかし、誰も何も話そうとはしない。


そんな中、矢口はつぶやくように言った。
「辻・・・モーニングやめちゃうかな。」
「やだよぉ。ののがいなきゃ。ねぇあいぼん。」
「そや、いややで、ののがおらんなんて。」
「でも、カオリは、辻が辞めるって言ったら止められないよ。
止める自信ないよ。だって・・・」
加護が泣きはじめた。
それを泣きながら石川が慰める。
矢口と飯田は涙を堪えながら、事態を見守る。
「ねぇ。カオリ。なんて声をかければいいの?」
「わかんないよ。でも、無事ならいい。泣きたければ
みんなで受け止めてあげよ。」

2時間程たった頃、あたりは薄暗くなり車中も暗く重い空気に包まれていた。

俯いている4人は話わけでもなく、ただ黙って時が過ぎるのを待っていた。

がちゃ

ドアが開いた。
そこにはマネージャーと辻が居た。
「みなさん、ご心配かけました。ごめんなさぃ」
と頭を下げた。
4人は車から降りて全員で抱きあっていた。
みなそれぞれに「だいじょうぶ?」などと声をかけ
それに対して、辻は何度も何度も黙って頷く。
泣くわけでもなく、ただひたすらに頷く。


車に乗せてマンションまで辻を送る。
車の中は深い沈黙。
誰もが言葉を選び話そうとするが、言葉を選びきれず声が出せない。
マンションの前に到着すると辻は再び、みんなにお礼を言って降りようとする。

飯田がその時、思い切って言った。

「辻。今日カオリ辻の部屋に泊まっていいかな?」
辻は、軽く顔をあげ。軽く頷いた。

飯田は残ったメンバーに目配せして他の人たちを帰らせた。

飯田はそっと辻の肩に手を乗せて部屋に促した。

部屋に入って飯田はソファーに座ると話掛けるタイミングを計った。
「辻、お腹空いてない?何か食べに行く?」

辻は床にペタンと座って視線が定まらない目で外を眺めていた。
「・・・お腹空いてないです。それにここに居ないと
アレックス帰って来れなくなるから。」


「帰ってこれないって?」
「今、アレックスは傷口を縫ってもらってから
 うちに連れてきてくれるようにしてくれたんです。」
「そうなんだ。」

─沈黙。

飯田は物凄く困った。
何を話しても会話が終わってしまう。
それ以前にいつもの辻とは全然違う。
こんな辻を見るのは初めてだった。
辻という感じがしない。
まるで初対面の人と居るような感じすらした。

「でも、何か食べないと体壊しちゃうよ。それじゃカオリがコンビニで
何か買ってくるよ。何が食べたい?」
「なんでもいいです。」

「そう、それじゃ適当に買ってくるからなにかしら食べてよ。
 それにここに居てね。」

そういうと、飯田は部屋を出て行った。
エレベーターに乗っると静かなモーターの音と共にため息が漏れた。


「はぁ〜。どうしよう。 やっぱりみんなで泊まった方が良かったかなぁ。
ダメダメ、私まで弱気になっちゃ。よっしゃ。」
気合を入れて外に出る。
コンビニは以前遊びに何度か着ているので知っていた。
そして辻が好きそうな物をカゴに入れる。
レジで清算している途中で思い出したように慌てて
売り場に戻ってもう一つ買い足した。

マンションに戻ると、辻の部屋のドアが開かれていた。
一瞬嫌な予感がした。
慌てて部屋に入ると、男の人が3人大きな箱をそっと床に下ろしている所だった。
「アレックスか・・・」

辻は気丈にも3人の男の人に丁寧にお礼をして見送った。
ドアを閉めると、ゆっくり大きな箱にすがりついた。

その箱は木で出来た棺。
人間のと同じように顔のあたりに小さなドアの用な物もついており
開閉するようになっていた。

「辻、アレックスのお顔みせてもらってもいい?」

「はい。みてあげてください。」


そっと小さなドアを開けると、それを遮り辻はそっと棺のフタを外した。
そこには、眠っているようなアレックスが横たわっていた。

「いいらさん。アレックスは・・・良い顔してますか?」
今日初めての涙声の辻。それでも涙は堪えている。
「うん、うん。凄く良い顔してるよ。」
飯田の方が涙を堪えきれず泣き出してしまった。
辻は棺の中に手を入れてアレックスの頭を撫でる。

「アレックス。良い顔してるって。良かったね。
 のの の自慢だよ。アレックスは・・・」
辻は、アレックスの頭を撫でながら涙があふれてきてた。
飯田は、そっとティッシュを辻に渡すと
「いいらさん、のの泣いてないですよ。それなのに・・・
 そんな物、渡すのやめてくださぃ・・・」


「辻、いいんだよ。泣きたければ泣いていいんだよ。」
言い終わる前に辻は飯田の胸に飛び込んで声を出して泣いた。

「なんで、なんで。アレックスが・・・
 のの の所に来なければ、警察のところで暮らしていたら
 こんな事にならなかったのに・・・
 ののが、ののがいけないんだ。そうすれば、あれっくすはまだあぁ」

飯田は強く抱きしめ優しく語る。
「辻。違うよ、それは。 アレックスは辻と暮らせて幸せだったと思うよ。
だって幸せそうな顔してるじゃん。
 痛いはずなのに、こんなに穏やかな顔してさ。」

辻はもう一度アレックスの顔を覗き込む。
飯田は後ろからそっと辻を抱きしめて、ゆっくりした口調で
辻に聞かせるように話し出した。


「出会いってさぁ。波のように行ったり来たり
 私もなっちと同じ病院で産まれてさ、それで離れて育って
また、今一緒にいる。
 それでもいつかはまた離れちゃうんだよ。
辻とも今は一緒だけど、いつかは離れちゃうよね。
 でも、また会えるかもしれなし、会えないかも知れない。
 辻とアレックスもそうだったよね。
 くっついて、離れて、またくっついて・・・
 でもね。行ったり来たりする波も、離れていても同じ海の中なんだよ。
 目の前の浜辺の波立つ白い波も、目に見えない地球の裏側の黒い波も
 結局は同じ海の一部なの。
 それは私たちも同じ。
 目に見えているものがすべてじゃないと思うの。
 出会いと別れっていうのは、心のつながりだよ。
 辻がアレックスの事を思っていればそれは別れじゃないよ。
 姿が見えなくたって深いところでは繋がってるんだよ。
忘れることなく、想うココロがあればまだ波は続いていると思うんだ・・・」


「死んだら、ののは・・・ののはアレックスとあえるのかな・・・」

「辻。アレックスは辻が死ぬ事を望んでるいと思う?」

「・・・でも、辻は。アレックスが死ぬなんて望んでなかったです。」

「辻がアレックスが死んじゃうなんて思わなかったよね。
 それは辻と繋がっているアレックスだって同じように辻が死んじゃうなんて
 思わないはずだよ。」

「でも、アレックスは。死んじゃった・・・」

「それは死のうと思って死んだんじゃないでしょ。
 アレックスだってもっと辻と一緒にいかったはずだよ。
 でもアレックスの、この顔見ると悲しそうな顔してないじゃん。
それはきっと辻とココロが繋がったのが解ったから。
だからうれしそうな顔してると思うんだ。
辻の方がわかるんじゃないの?アレックスの気持ち。
アレックスは、辻が死んでまで会いたいって言うかな?
言わないよね。
アレックスは辻の元気な姿が好きなはずだよね。
辻の泣いている姿を見るとアレックスはどうしてた?」

「すごく、すごく困った顔してかわいそうだった。」

「だよね。だから辻は今日は泣かないで我慢してたんだよね。
 カオリにはわかったよ。辻がアレックスのために我慢しているのが。」

「アレックスは、なんでののと・・・辻と出会ったんだろう。
 なんのために、出会ったんだろう。短い間だったけど・・・」


「出会いに意味はあるかどうかは辻が決めることだよ。
 ただね、長く一緒だからいいか、短いからダメとかじゃないでしょ。
 いかに有意義に過すかでしょ。
 私は辻とアレックスを見てて凄く温かく感じたなぁ。
 二人はとても温かな風のようだった。
 元々、辻は温かな心地よい風を運んでくることができる人なの。
 それがアレックスっていう風と重なってもっと温かくて柔らかい風になったって感じ。
 
 カオリね。科学的なことはわからないけど、風ってさぁ
 一度ふくと、止まらないと思うの。
 ただ普通は自分の所を通り過ぎると風はなくなったと思うだけであって
 実際は風はどんどん先に進んでるんだよ。

 温かい風はココロが寒い人を暖めてあげる事ができるよね。
 あなたは、アレックスのココロと共に温かい風をみんなに運ばなきゃ。
 アレックスはそれを望んでいると思うなぁ。
 辻と一緒に何かをやる事が犬の喜びって聞いたことあるし。」

「アレックスはののがテレビで歌たり踊たりしていると凄く喜んでくれたの。」

飯田は辻の頭をくしゃくしゃにしながら、抱きしめた。
「辻、これからも頑張るんだよ。」

「はい。」

飯田は、立ち上がるとコンビニの袋からプリンを取り出し、辻に渡した。
「とりあえず、これぐらい食べなさい。」

「はぁい。」
飯田はスプーンを渡した。

しばらく二人で、プリンを食べる。


食べ終わると、棺の中のピンクのリードを取り出し、胸に抱いた。
そして中に、家の中にあるアレックスのフードなどをいれた。

飯田はその間に、プリンの容器を洗って水気をキレイにとって、
洗濯機の置いてあるところにいって、洗剤をプリンの容器に入れた。

それをもって辻の隣に座る。


「いいらさん?なんですかそれは?」

「ん?これはね・・・」
そういうと、コンビニの袋から線香とライターを取り出した。

「コンビニで買ったから、ろうそくも線香立てもなかったし、
 とりあえず、お線香あげよう。」
「いいらさん・・・ありがとうございます・・・」

飯田は、線香の箱を開けて辻に線香を3本渡して
ライターに火をつける。
「辻、早くあげな。」

「はい。」
辻はそっと線香の先端を火に掲げて線香に火をつける。
それをプリンの容器の中につき立てて、静かに手を合わせた。

飯田も、自分で線香に火をつけて辻の立てた線香の隣に並べるように
立てて、手を合わせる。
(辻は本当に強くなったよ。私は少し寂しいけれど、誇りに思うよ。
アレックスのおかげだよ。私にとっても辻は大事な子なの
守ってくれてありがとう。これからもよろしくね。)

辻を見ると、目をまだ目をつぶって手を合わせている。
閉じた目から一滴涙が、こぼれた。

アレックス。ののはこれからも頑張るよ。いつでも一緒だよね。
アレックスの代わりにいっぱい、いっぱい走るよ。
一緒に走ろうね。
ちゃんとついてきてね。
もう立ち止まらないよ。
止められないんだ。


〜番外編 2 〜 ─終わり─