オレの名前はアレックス。ジャーマン・シェパードだ。
今日は平日。天気も良い。
犬の訓練師のご主人は今日は仕事が休みなので
近所の公園に散歩に連れて来てくれた。

暖かい陽だまりの中公園の中にはあまり人も居ないので
のんびりした空気が漂っていた・・・
公園の片隅では、なにやら撮影しているみたいだ。
ご主人様はあんまり、そういうのは気にしないタイプなので
そこを避けるように方向を変えた。
「アレックス。ちょっとトイレ行くから待っててくれ。
それとあそこのコンビニに買い物も行くから10分ぐらいかな。」

と言い柵にリードを結びつけた。
留守番は慣れている。それに暖かい陽射しは気持ちがいいので
伏せの状態で少しまどろんでいた。
「お留守番れすかぁ?」
片目を開けると小さな少女がしゃがんでこっちを見つめていた。
「おなまえは?あたしはののれす。」
・・・普通に話し掛けてきたこの少女は訓練されている自分の
ココロの中にスッと入ってきた。
だが、自分には自分の名前を告げる術が無い。
そんなことを見透かしているようで少女は
「おなまえなんていいのれす。おりこうさんれすね。
ののは、すこし疲れたのでぬけてきたのれす。わるいコれす。」

なぜかこの少女には凄く引かれて気がつくと
ご主人様以外には振ったことの無い尻尾がパタパタ動いていた。
「おやつたべますか?」と言い少女はビスケットを差し出してきた。
ご主人様以外からは食べ物を貰わないように躾された自分は食べなかった。
「食べないのれすか?いけないって言われてるの?
えらいね〜。ののは、いけないとわかってても食べてしまうのれす。」
ふとさっき撮影していた方向を見ると何人かがざわついている。
どうやら人を探しているらしく、ドタバタ走り回っている。
少女はその様子を慌てているような、それでいて楽しんでいるような目で
見つめていた。
「のののこと探してるんれすよ〜。わかる?」
言われなくてもわかっていたが、ペロっと舐めてあげた。
少女は物凄く喜んで抱きついてきた。
・・・気がついたらいつもは待っているときは伏せなのに
座っている自分が居る。尻尾まで振って・・・

「ののはお仕事すきなんれすけど、一人だとさびしいのれす。
わんちゃんはさびしくなぁい?ののはあいぼんとかいいらさんとかと
仕事している時は楽しいのれすけど今日は一人で撮影だから・・・」
そういいながらまた強く抱きしめてきた。
「ねぇわんちゃん。ちょっとののと一緒に冒険しない?」
・・・困った。そんなことできるわけない。
ただ少女は今にも自分を連れ去ろうとしていた。
「あ。あなたアレックスっていうんれすね。ののにはわかるのれす。」
この少女何者だ…
「さてこれからののと行くのれす〜」と声を張り上げて飛び上がった。
やば,この子・・・あ!
ご主人様が帰って来た!姿勢を変えてご主人様を見ようとして立ち上がったとき

キィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ご主人様が車とぶつかった。
少女は瞬間を見たんだろうギュッと抱きしめたが
私は全身の力でリードを引き千切りご主人様の元へ向かった。
「・・・アレックス。待たせて・・・」
と言うと急に動かなくなった。
顔を舐めても動かない・・・
あんなに優しかったご主人様が動かない。
あの暖かかった手が血で汚れている。
一生懸命舐めても頭やいろいろなところから血が出ている

いつも散歩の途中で飲ませてくれるミネラルウォーターのボトルなどが
転がっている。

気がついたら人だかりができた。
私のご主人様は、なにやら車に運ばれて行ってしまった。
自分はどうする事も出来なくご主人様が結んでくれた
場所に戻りまた伏せのまま待つことにした。
わかっていた。ご主人様が死んでしまった事ぐらいは。
だけど、今はここで待つことしか出来なかった・・・

そんな私を少女が
「あの人が飼い主さんれすか?かわいそうに・・・
無事だったらいいけど、もし何かあったらほかに家族はいるのれすか?」
自分には、ほかに家族が居ない。これからどうしよう。
「ののはこれからお仕事するからもし良かったら
ののとくらしませんか?OKらったら待っててくらさい。」
と言うと走って行ってしまった。
ご主人様を亡くしてしまった今あの少女がご主人様に・・・
しかし、これはご主人様を裏切ることになるんだろうか?
現実問題、飼い主が居ない犬はこの世界では
生きていけないことぐらいわかっている。
思い悩んでいたら薄暗くなっていった。
あの少女は果たして戻ってくるのであろうか?

ののは、あのわんちゃんと暮らすのれす〜〜」
公園の柵の所に伏せしている犬を指差しこう言った。
マネージャーは「ちょっとそれはムリなんじゃないの?」
辻は今は実家を離れ事務所で借りているマンションで
一人暮らしをしていた。
「ただでさえ今一人暮らしで大変なのに犬なんて・・・
散歩とかできないじゃない。」
「アレックスは、のののボディーガードになるのれす。」
「アレックス?」マネージャーは首をかしげた。
「何、勝手に名前まで付けて」
「勝手に付けてないのれす。首輪に書いてありました。」
「・・・はいはい。でもアレックスが、なつくかな?
あんな大きな犬が暴れたら大変だよ。」
「ののは力持ちれす。それにアレックスは良い子だから
大丈夫なのれす。」

半ば、あきらめ顔でマネージャーは
「それじゃ。それとちゃんと世話する事。
もちろん自分の事もしっかりね。ダイエットもしなきゃだぞ。」
「へい。もちろんです。これからはお仕事終わったら
アレックスとジョギングしてダイエットするのれす〜」
マネージャーは新メンバーが入ったモーニング娘。の辻のポジションが
今までお子ちゃまキャラ脱却&後輩の世話をする立場に役が立つかもしれない
と期待をした。

あれからどれくらい経ったのだろうか・・・
昼間の暖かい陽射しは消えてなくなり薄暗くなっていた。
これからどうすればいいんだろう?
少女は本当に来るんだろうか?
もし来たら、自分は少女を一生守っていこう。
この前のように悲しい思いはしたくない。
もし来なかったら・・・
一生ここに居てご主人様の元へ行こう。
ご主人様は怒るだろうな。
前から「お前は長生きしてこの世の為になるような
立派な犬になるんだぞ。」って言われてたし。
・・・!誰か来る。
あのなんだかやさしい匂いはさっきの少女だ。

「あ〜〜よかった。待っててくれたのれすねぇ〜」
抱きしめられた時に、ふと自分の使命はこの少女を
守る事なのでは?と思った。
いや、そうだろうと確信した。
「アレックス帰るぞぉ〜!今日からののがご主人様だぞぉ〜
えっへん」
よし!これからこの少女がご主人様だ!「わぉん」
少女はうれしそうに目を輝かしてる。
少女の左側にピッタリついて一緒に歩く。
これから何があってもついて行く。
車に乗り込む。
ご主人様の足元に伏せして待つ。
「あら。このわんちゃんおりこうだ。
ちゃんとおとなしくして伏せするの?」
とマネージャーが言うと
「えっへん。アレックスはおりこうさんなのれす〜」
と、何故か鼻高々なののであった。
車の中ではご主人様は何人かの人といろいろ話しをしていた。
だけど、左手は常に自分の頭を触ってくれてた。
それだけで凄く幸せだった。

しばらくすると、車は止まりマンションの前に止まった。
ドアが開くとご主人様は「ふぅ〜。おつかれさまれした〜」
と、大きな声で車の人に声を掛け
「アレックス。ここが新しいお家なのれす〜」
と言って、降りるように促した。
車から降りるとご主人様はマンションの方に向かって歩いていくので
ついて行く。
と思ったら、急に足を止めた。
「・・・・・・・・アレックスのゴハンどうしよう。
なんにもないや。ののの食べるものって犬にはいけないんだよね。」

「よっしゃぁ!買いに行きまっしょ〜」
と言って切れたリードを持って車が去っていった方向に歩き始めた。
「あそこの角曲がったらお店があるのれす」
店に入るとご主人様はあたりをキョロキョロしながら
迷っていた。「いろいろあってどれがアレックスのゴハンかわからないのれす」
「アレックスどれ?」
いつも前のご主人様がくれてた物はわかっている。
だからその袋の前に行って鼻でその袋を突っついた。
「ん〜〜、これですね。アレックスは何でもわかるいい子れす〜」
と言いながら抱きしめ頭をなでてくれる。
うれしくて尻尾を振りながら顔を舐める。
そんな二人を周りの人たちが微笑んでいる。

買い物を済ませてマンションに戻ると
まず玄関で「ちょっと待っててくらさいねぇ」と言ってから
ドタバタと家の中に入り小さなかわいい濡れたタオルで自分の手足を
拭き始めた。小さな手で優しく丁寧に・・・
拭き終わると「お腹すいたれすね〜」と言いながら
食餌の用意をしてくれた。
「これから のののゴハン作るから先食べてていいですれすよ〜」
と言いながらピカピカの食器に先ほど買ったばかりのドッグフードを入れてくれた。
だけどご主人様が食べないのに自分が先に食べるわけにはいかないので
待っていたら、「あれ?食べないのれすか?具合わるいの??」
「・・・もしかしたら?のののこと待ってるのれすか?」
ご主人様は、不思議と自分の気持ちを自然に汲み取ってくれる。
うれしくなり尾を振ると「やっぱりそうなのれすね〜
わっかりやした、一緒に食べるのれすぅ〜ちょっと待っててくらさいね」
そう言うと小さなからだがチョコチョコと動き回りながら
それでいてテキパキと食事を作り始めた。
小さな手で器用に包丁を使い、見ているだけでとても楽しい。

しばらくすると「じゃ〜ん、完成。一緒に食べましょぅ」
と言うと小さなテーブルに自分の食事と共にドッグフードを
一緒において床にペタンと座った。
「お待たせしました。いっただきます〜」
大きな声で言い終わると食べ始めた。
もちろん私も食べ始めた。
食べている途中でご主人様を見ると
私をうれしそうに見つめていた。
「おいしいれすか?食べてくれなかったら
どうしようかと思ったれす。」
と少し涙を浮かべていた。
感謝の気持ちを舐めたり尻尾を振ることでしか
表現できない自分は少し戸惑ったが
ご主人様の顔を舐めると満面の笑みが見られて満足だった。

食事が終わると鼻歌を歌いながら時折、ステップをしながら
食器を洗い片付けている。
「それでは、ののはお風呂に入ってくるのれす。」
と言いながら風呂場に向かった。
必ずご主人様は何をするにも自分に教えてくれる。
そんな優しさが、うれしくあの事故の時に自分を
迎え入れてくれたことうれしくてたまらなかった。
何分経っただろうか、いつもより暖かい香りがしてくると
「明日も朝が早いから寝ますよぉ〜」
といってもう一個の部屋に案内してくれた。
「お布団ないから一緒に寝るのです。」
前のご主人様の時はベッドの下で寝るのが習慣だったので
戸惑ってたら、
「ご主人様の言う事は聞くもんれすよ。」
・・・なんともうれしいことを言ってくれる。
そう言いながら手帳を見ながら指を折りながら
なにやらブツブツと言っている。
「明日は、8時に家を出発だからいつもは
7時に起きればギリギリセーフだけど・・・
お散歩があるから・・・よっしゃ6時だ!!。
・・・起きれるかな。」

やわらかく、暖かい布団にもぐりこむと
「明日は朝6時に起きるのれす。目覚まし時計が
なるから、起こしてくらさい。」とキッパリした口調で言った。
そう言ったとたん・・・疲れていたのかすぐに寝息が聞こえてきた。
ご主人様はこの小さな体で頑張っているんだな。
それなのに自分を迎え入れてくれて。
感激と感動で涙があふれそうだった・・・
前のご主人様が事故に遭ったときには出なかった涙が。
精密機械のように訓練され感情さえも出す事がなかった
自分が変わった事にも驚きを隠し切れなかったが
それすらもうれしかった。

心地よく寝ていると目覚し時計が、けたたましく鳴りはじめた。
身を起こすがご主人様は起きる様子はない。
寝かしてあげたいが、起こさないと。
顔を舐めてみた。
「・・・ん〜」
起きる様子はない。
軽く手で肩の当たりを掻く。
それでも起きない。
ベッドから飛び降りてうるさく鳴っている目覚し時計を
咥えてご主人様の耳元に置いてみた。
「んぁ〜〜まだ眠たいれすぅ」目をこすりながら
時計を確認すると「まだ6時じゃんかぁ。」
と言いながら私を見ると閉じかけた目を見開いて
「あ!そっか。お散歩行かなきゃねぇ。」
と言いながら、もぞもぞ起きてくれた。
「アレックスはちゃんと昨日の夜言ったように
のののこと起こしてくれたのれすね」
と言いながら抱きしめてくれた。
「ののはアレックスのこと夢だったらどうしようかと
思ったんれすよぉ〜」
涙を浮かべながら訴える・・・

「よっしゃ〜!ちと待っててくれさいねぇ」
着替えながら家の中を走り廻っている。
「準備おっけ〜。行くぞ!アレックス!」
首輪にリードを付けると外に向かった。
ご主人様は散歩中いろいろと自分に話し掛けてくれる。
あそこのパン屋さんは美味しいとか、
あそこのお肉屋さんのコロッケは揚げたてだと
6個は食べれらるとか・・・
まるで人間に話しを聞かせるように話してくれる。
しばらく歩くと「走るのれす〜」と言い終わらないうちに
走りだした。
その後を追いかけていく

ご近所をひとまわりするとマンションの前に
着いて「もっと行く?」って息を切らせながら聞いてきた。
もっと一緒に散歩していたいけど、それはムリだとわかっている。
朝、無理して起きてくれていることが負担になっている。
一緒に散歩してくれるだけで満足だった。
ご主人様の顔を見たら目に少し涙を浮かべながら
「ごめんねぇ〜もっとののに時間があれば
たくさん散歩できたのに・・・」って抱きしめてくれた。
「それなのにアレックスは不満も言わないでえらい子れす」
ご主人様は自分のココロを素早く察してくれる。
本当に不思議な人だ。

「ちょっと、マジで辻が犬飼ったの?」
と飯田はマネージャーに聞き返した。
「えぇ〜それが昨日撮影中、近く公園の前で交通事故にあって
飼い主が亡くなってその犬を飼いたいっていうもんですから・・・」
「飼いたいって言ったからって大丈夫なの?あの子一人暮らし
始めたばっかりで自分の事は今のところしっかりやってるけど
その上、犬なんて・・・」呆れ顔の飯田であった。
「そんなこと言ったてちゃんと世話するって言ってるし
それよりダイエットするっていたんですよ。あの辻が。」
「あの子のダイエットするって言ったの何回目?
ダイエットするって言うのが特技になってきているのよ。
宣言するだけで痩せないんだから。」
「それじゃ〜飯田さんから言ってくださいよ。
辻のあの目で訴えられたら私には言えませんよ。
それにその犬どうするんですか?」
「それじゃぁ、辻の責任はアタシがとればいいんでしょ。
うちの実家で飼ってもらうよ。まったく・・・」
やや呆れ顔で窓の外を眺めていた。

飯田とマネージャーを乗せた車は辻のマンションの前に着いた。
時間は7時45分。
「さて、ののたんは起きてるかな?もし起きてなかったら
すぐに犬は北海道行きだからねぇ〜」
と、いたずらっ子のような顔して飯田は言った。
「それじゃぁ、もしちゃんと準備できてたら
しばらくは様子をみるってことで。いいですか?」
マネージャーは辻の味方っぽく言った。
「準備できてたらね。辻は起きてても準備がふだん出来てないからね。
8時までに準備出来てたら、かおりんも協力してやろう」
飯田は犬が来て初日は調子に乗って夜遅くまで遊んで
朝起きれるわけないと思っていた。
「飯田さんも実は見守ってあげたいんじゃないの?」とからかっている。
車の時計は7:58と表示されていた。
「よし!アタシが辻を迎えに行って来る。」
そう言うと車から飛び出していった。

辻の部屋ではすっかり食事を終え
準備が終わった格好で玄関で迎えを待っていた。
玄関に腰を下ろし「アレックス。これから
ののはお仕事に行って来るからお留守番お願いします!」
というと、警察の人のように敬礼をした。
ドアの外から大股の女性の足音が響いていた。
近づいてきた。ご主人様が気づいている様子はない。
顔を起こしドアの外を向くと
「ん?誰かきたの?迎えにきたのかな?」と言うのと同時に
ピンポーンとインターホンが鳴った。
ドアを開けるとそこには背の高い女性が立っていた。
その目は自分を見て見開いている。
「・・・ののたん?もう準備終わっているの?」
「あ〜い、おはようございます、いいらさん〜ん」と言いながら
背の高い女性に抱きついた。
抱きついたと思ったら、さっと離れて
「いいらさん、アレックスれす。」
「こちらがお世話になっているいいらさんれす。」
と紹介してくれた。
「本物?それとも良く出来たぬいぐるみ?全然動かないんだけど・・・」
「本物れすよぉ〜ねぇ〜アレックスぅ〜」
と言われたのでサッと身を屈めた。
「いいらさん、アレックスはなんでもわかるいい子なんれすよぉ〜
今朝も、のののこと起こしてくれたの。」
背の高い女性はキョトンとしている。
ただ大きな目だけが何度かまばたきしていた。

マンションの階段を下りるとマネージャーが飯田の顔を見て
何か言いたそうな顔をしていた。
だがマネージャーは辻顔を見ただけで
飯田が何もいえなかったことがわかったみたいで
ニヤニヤしていた。
車に乗ると飯田は「ののた〜ん〜。眠くないの?
昨日はアレックスだっけ?あの子と遊んで寝不足なんじゃないの?」
「平気れす。夜更かししなかったれす。アレックスと暮らす為には
ちょっとガマンしてすぐ寝ましたから。
今朝もちゃ〜んと散歩に行きましたから。」
「あ・・・そぅ。辻〜大変でしょ?これから毎日できる?」
「大丈夫れす!朝はアレックスが起こしてくれるし。
なんてったて、ののはご主人様れすからね〜」
いつもの車の中では眠たそうな辻の顔はなく
キラキラと輝いた目をして飯田と話していた。
しばらく車が走るとまたマンションの前で止まり
マネージャーが車から降りてマンションに向かっていった。
その間も辻は飯田にアレックスの話を聞かせていた。

5分ぐらい経ったころに車のドアが開き
石川が眠たげな顔で車に乗り込んできた。
「ののちゃん〜犬飼ったんだって?」
「あい!」うれしそうに答える。
現場に着くまで石川に飯田に話したことと同じように
楽しそうに話をしていた。
マネージャーもうれしそうにそれを聞いていて
飯田と目を合わせ小さく微笑みながら、うなずきあっていた。
現場に着き楽屋に入ると着替えながらメンバーが続々とやってきた。
誰かが来るたびに辻は「あいぼん、あいぼ〜んおはよう!あのね・・・」
「あべしゃ〜ん、あべしゃ〜んおあようございます。あのね・・・」
と、捕まえては車の中で飯田や石川に話した事を同じように話していた。

いつもだったら机の上にあるお菓子を食い荒らす辻だが
話に夢中なのか目もくれない。
そんな様子を見ていた飯田は、辻がまさかダイエット本気で
やろうとしているのか、ただ犬の話に夢中で忘れているだけなのか
わからなかった。
「ねぇねぇ。なっち。」飯田は安倍に話し掛けた。
「辻がさぁ。マネージャーと犬飼う条件として
仕事や世話をキッチリしてダイエットまでするって
約束したのよ。まだ辻、今日お菓子食べてないんだけど
話に夢中になってるだけかな?それとも・・・」
「そんなの、調べるの簡単だべぇ。」と安倍が言うと
「つじ〜、かご〜。ケーキあるけど。食べる?」と大きな声で言った。
「ののちゃん。ケーキだって。」と加護が言うと
「食べないれす。」と辻はキッパリ言い放った。
「ののは今までの、ののとは違うのれす。なんてたってご主人様れすから。」
そう言うとみんながクスクス笑っていた。
「ののは仕事キッチリ、お世話キッチリ、ダイエットも頑張るのれす!」
安倍と飯田は驚いて目を合わせていた。

ドアがノックされ「そろそろ本番で〜す」と声がかかった。
その日の仕事も夜9時をまわってやっと帰りの車の中に
乗り込めるようなスケジュールだった。
車の中では仕事で疲れた辻は眠たそうな目で
ウトウトしているのが日常だったが車のフロントガラスを見つめながら
早く家に帰りたそうだった。
車が近所に着いた頃には手荷物をまとめてすぐに車から飛び降りれるような
格好をしていた。
マンションが見えたらドアに手を掛けて車が止まると同時に
勢いよくドアを開けて「おつかれさまでしれした〜」と言って
走ってマンションの中に吸い込まれていった。

マンションの中ではアレックスはご主人様の辻の帰りを
刻一刻と待っていた。
以前自分をここまで連れてきたくれた車の音が聞こえると
たまらなくなり玄関まで出迎えに行った。
しばらくすると、パタパタと足音が聞こえドアに近づく
ガチャガチャと鍵が差し込まれたときには自分の尻尾が
千切れるのではないか?と思うほど振っていた。
ドアが開いた途端「たらいま〜〜〜〜」と言って
抱きしめてくれる。
無意識のうちに顔を舐めている自分がいた。
「ごめんねぇ。遅くなっちゃって。ごはんにする?
それともお散歩?」と輝いた目で聞かれた。
どちらでもよかった。ただ一緒にいるだけで幸せ。
でもご主人様はどちらかの選択を迫っている。
なので玄関のところに真新しいリードが目に入ったので
それをくわえて見せた。
「よっしゃ!お散歩れすね。クツ履き替えるから待ってくらさい。」
というと、お散歩セットを小脇に抱えながらクツを履いた。
「レッツゴ〜!」

散歩は最初ご主人様は走って連れてってくれた。
ある程度走ると疲れたのか、ゆっくり歩き始めた。
息を切らせながら家を出てから家に帰ってくるまでのことを
事細かに話して聞かせてくれた。
他人から見るとその姿がおかしくもあり微笑ましく写っているだろう。
ご主人様の話は楽しい話、困った話、つらい話、いろいろ話してくれる。
つらい話でも弱音を吐かずクリアする事を考えているように見える。
見た目以上にしっかりした性格なのがご主人様の目や首輪とご主人様の
手が繋がっているリードからも伝わってくる。
話が一息つくと「マンションまでダッシュだぁ〜」と
叫びながら走り出した。
その背中には14歳の女の子とは思えない何かを背負っているような
背中をしていた。
その背中を追って走る。この瞬間がいつまで続くように祈りながら・・・